ひとつだけ壊れかけている鍵があって
窓枠を上にずらすと外から開けられることを知っていた
忍び込んだ真夜中の校舎は昼の喧騒など嘘のよう
無理矢理連れてこられた君は八度目の「帰ろうよ」の後
言葉とは裏腹の好奇心に目を大きく開けた
手探りで歩く廊下はふたりの足跡だけが響き
君は「不気味ね」と言って俺の腕にしがみついた
俺は悪戯心がはたらいて 声を低くしながら
「うちの学校の七不思議で音楽室のピアノがさ･･････」
と言うと 君は途中で言葉をさえぎり
「あとの六つ知らないくせに･･････」とクスクス笑った
教室に入ると月明かりもない暗闇だったけど
暗さに目が慣れはじめて並ぶ机がやっと見えた
ついていることに黒板の上の校訓までは見えなかったから
ふたりでいつまでも夢を語り合った
明日になればまた来るはずの場所なのに
ふたりは不思議な優越感に包まれていた
明日の朝 クラスの連中を驚かしてやろうぜと言うと
君は乗り気になって黒板に教頭の似顔絵を書き
俺は最後に青のチョークで鼻水を付け足した
君は自分の席について 教壇に立ちつくす俺を見た
俺は定年近い英語教師の癖を真似して咳払いをした
ふたりでさんざん笑い転げた後 君は机を撫でながら
「今日の記念に 何か言葉を彫って」と言った
俺は自分の机の引き出しからシャープペンシルを取り出し
君の机に「STAY PURE」と彫った
君はペンを取り上げ「私の一番好きな言葉」と言って
「ワイ・ユー・ジェイ・アイ」と四つの文字を刻んだ
すべてから解き放たれている気がした
たとえ太陽や月に照らされることがなくとも
その時だけはすべてに祝福されている気がした
でも それは人目を盗んで忍び込むことでしか
手に入れることができなかった小さなもの
だから ふたりは見つめ合うしかなかった
ただひたすらにこの恋を信じているだけなのに
まるで悪いことをしているような気にさせられたまま
それでも 闇に点在する瞳を探しあてるように
ふたりは見つめ合うしかなかった
