半魚人通信 人魚と暮らしていた頃はひどかった 彼女は自分が 伝説の存在であることを自覚していると同時に 人間よりも美しい姿であると信じきっていて そのプライドを守ることに必死だった 家はつくば市にあるのだが 日ごと葉山マリーナ近くの岩場でうっとりと 乳房を撫でたり　髪を梳いたりしているばかりで マーメイドの名を冠していながら メイド的才覚はまるで発揮しなかった そういう人魚の例に漏れず 彼女はちょっとしたことですぐ機嫌を損ねた わたしの容姿が醜いことも 常に彼女を苛立たせているらしかった 親まで遡ってずいぶんコケにされた また彼女はけっして謝らなかった わたしをひどく怒らせたときであっても ワザトジャナイモノ　と開き直った わたしが傷ついているかどうかよりも 過失か故意かが大事らしかった 要は彼女が愛しているのは わたしなどではなく わたしに愛されている己自身なのだ それを知ってしまったとき 百年の恋も不意に冷めた そんな矢先だった わたしがさかなおんなに出逢ったのは さかなおんなは人魚とは逆に さかなの上半身と人間の下半身をして 初夏の大洗海岸にあらわれた お世辞にも美しいとは言い難かったが はにかんでエラを隠す胸ビレが可愛かった 我々はたちまち恋に堕ち （生来わたしはハーフにしか惹かれない） その場でメールアドレスを交換し 偕楽園　ひたち海浜公園　のデートを経て 秋の終わりから暮らしはじめている 彼女のきれい好きは己より掃除に発揮され 散らかり放題だった部屋は見違えた ピンクのカーテンをかけられたのには閉口したが それはそれで月の夜には ベッドに射す灯りがほどよいのである 仕事で遅れて帰ることがあると　 浮気をうたぐって包丁を振り回し あやうく三枚におろされそうになることもあるが 誤解だと分かると　すぐに謝り 己を責めて泣く姿がまた愛おしい 彼女と千年の恋をしよう 共にウロコを逆撫ですることなく 生まれながらに損なう半分を補いあって いつかたくましい母となる彼女に 一切をねじ伏せられようとも ともあれエプロン姿の彼女が作ってくれる プランク丼の美味さにまさる喜びなし 安物の焼酎で一日を語らい合うと わたしたちは寄り添って眠りにつく 桃色の月光に包まれながら