百歳



草の線路をまっすぐに走り

晴れ蒸しわたる金木のまちに着くと

まず疎開の家を訪ね

あなたの書いていた畳に尻をつけた

生みの母を看取ったという隣室には

使われない火鉢がしゃがんでいた


少し離れた生家はやや味気なかった

搾取の歴史と成金趣味を象徴する豪邸で

フットサルでもできそうな広い土間があった

そもそも勘当同然だったあなたにとって

どれほど愛着のある家だったろう

観光客はこぞって訪れるというが


ひと駅ぶん歩いて夕暮れ芦野公園

マント姿のあなたとサシでビイルを飲んだ

「るるぶ」ではなく「津軽」に頼ったせいで

こうしてあなたと乾杯するまで

家を出てから八時間かかった

苦味が渇いた喉を心地よく通った


翌朝は 日本海沿いの港町

旧・秋田屋旅館を訪ねた

今は図書室となっている一階では

地元の女子中学生たちが調べ物をしていて

二階にはあなたがかつて泊まった部屋と

直筆の手紙が保管されていた


その足で青森をひと息に横断し

太平洋沿いから乗り換えて東京へと戻り

翌日は車で山梨に向かった

御坂峠の曲がりくねった道を上って

あなたの過ごした天下茶屋にたどり着き

富士と湖を見ながらほうとうを味わった


最終日は新宿から中央線に乗り換え

晩年 あなたが暮らした三鷹に降り立った

玉川上水の入水現場は

これでよく死ねたもんだというほど

今は浅い緩やかな流れで

手前の夏草には蝉の抜け殻がいた


下流へと歩き

遺体のあがった場所に着いた

橋の上から川を覗くと

何匹もの色鮮やかな鯉が泳いでいた

参ったね どうしたってあなたには

イロコイが集まってくる寸法かい


旅の終着点は禅林寺

筆名の刻まれた墓に花と線香を供え

まずはひとこと苦情を言った

どうしてくれるんすか

おれ 今年の短い夏休み

丸ごとあなたに捧げちゃいましたよ


屹立する石たちの中で

しばしあなたと語らっていた

作品のこと 生きざまのこと

勢いで巡ったこの旅の顛末

鳴きじゃくる蝉たちの声が

むやみに感傷をつつきたてた


去り際 グッド・バイと言う気になれず

百本のろうそく代わり 一本煙草に火をつけ

百歳 おめでとう と供えた

野暮をしょって生きてるような輩に

こんな気障な真似をさせるのが

きっとあなたのすごさなんだ


あなたは今も生き続けています

二百歳も 千歳も生きるでしょう

人が人間を失格し続ける限り

人が友のために走れる限り

ありがとう

マイ・コメディアン