ジミ＆サガン



常磐木の幹に背もたれるひとは

フランソワーズ・サガンの本を読んでいた

陽を欲しがる葉たちが日傘となって

白い肌をかばっていた

うつむいたうなじの傾斜は

雪のふり積む山の端に似て

頁をめくる細い指は

迷い込んだキツネを狂わせるに十分すぎた


彼女はときおり顔をあげては

こみ上げる思いを咀嚼しているように見えた

まるで嫉妬によじれるセシルに

何かを語りかけているかのように

そして再び首をもたげると彼女は

手元の南仏海岸へと帰って行った

北の丘から吹き降ろす風に

長い黒髪をもてあそばせながら


あなたをもっと知りたい

耳たぶの先まで充血しているような男に

どんな語りかけるべき言葉があろう

なだらかな肩に手を触れる勇気もなく

ただ見とれて呆然と

あげくサガンの早熟どころか

わが胸はヘンドリックス・エクスペリエンスの

原色の倒錯が掻き鳴らされているなんて


あなたに存在を認められたい

たぶん僕は焦がれてしまった

盲目的で絶望的で致命的な何かに

およそ己らしくないカルマからの解脱

優しさなんてとうに捨てたはずなのに

この温かい感情は

この細胞の沸騰は


前のめりに崩れおちる

手を伸ばすにはあまりに遠い

草をにぎりしめ祈る

嗚呼　どうかその物語の邦題のようには

あなたよ　悲しみに出会わないでくれ

幾度その名を叫ぼうとも

僕はひざまずくひ弱な無音だ