神保町と月



つばさ

海に連れていってやれなくてごめんね

靖国通りの歩道橋から

まばらな車の流れを見ていたって

浪漫のかけらもありはしないね


夕焼けの見どころもとうに過ぎて

ネオンが灯りはじめた神保町は

日がな一日漉きつづけたのに

乾かしきれずしわしわになった

できそこないの千代紙のよう


携帯で調べた神楽坂の店まで

ここから歩いてゆくのもおっくうで

いつまでも愚図愚図している

塾帰りの小学生たちが

ふたりの背中を通り過ぎてゆく


不意におまえは

気まずいしじまに花を活けるように

風が気持ちいいねと言った

ペンだこに微熱保つわたしの

中指を握りさえし


そのやさしさが つばさ

いつかおまえを

苦しめる日が来る気がするんだよ

きれいなものが報われる

世の中であればいいのだけれど


ごらん 月が昇った

ふと上げた中指のずっと先

闇に白く映えているね

そういうのを見つけるのだけは

得意なんだよ


つばさ

海に連れていってやれなくてごめん