樹海のうた



あなたは一枚の木の葉です

風にざわめき友たちとこすれ合い

それでいて孤独な一枚の葉です

はりめぐされた脈には命が流れ

つやめく肌には若さが漲っています

季節に色を変えときに舞い落ちようとも

朽ちぬ耀きを保ちます

もしもあなたが花であれば

虫たちが触れに寄るでしょうが

真に崇高な葉には誰が触れられましょう

彼らとて詠うほかはなく業を煮やすのです

花に焦がれ花でないことを恥じずとも

あなたはじゅうぶんに一枚の葉であるのです

やがて枯れ落ちるさだめであろうとも

その時は朝霧を零さぬまま地にかえるでしょう


あなたを胸に想うとき

わたしは自然と涙がこぼれます

そして純真をにじる世のお決まりごとを

激しく憎みさえするのです

あなたの前でわたしはおさな児です

無防備に心を開かされてしまうような

安心というものをあなたはくれます

それは人に帰ることのできるひとときです

わたしは照りつける太陽ではなく

あなたをかすめ通る木漏れ日にすぎません

包み安らげるすべも知らずに

ただ過ぎてゆくだけの愚かな光です

かずかずの汚れた生活がありました

語るにしのびない過ちもありました

だがあなたの孤独を想うせつな

わたしは己の孤独を忘れていられます

あなたは闇の住人の悲しみを

知る才能に長けています

我が夢への地下の熱情に

ただうなずいてくれるのはあなたです


夜もあなたは一枚の木の葉です

森は深い闇を称えているというのに

あなたは月光を従えています

ふしだらな星々がくすぐり続けても

あなたは欲望を疑うほど静かに無垢を貫き

わたしはそのたび己の汚濁を恥じるのです

濃密な夜の森には妖精たちがあらわれて

月光のヴェールを纏う樹に助言します

穏やかに朝を待つ一枚の葉は

森の獣のふるさとです

あなたの幸せを願わぬものはありません

あなたほど幸せの似合う人もありません

どんなに謙虚に受け止めようとしても

それは真実なのですよ

まだ風に舞い落ちて土にかえったりはしない

まだ社会の虫達に齧り尽くされたりもしない

空漠たる成りゆきの世の中で

夜明けを夢見ている

あなたこそが時代の先導者であるのです


わたしは樹海の迷い子です

素直になる機会もとらえることのできぬ

遠回りの鈍足な旅人です

食糧も気力も尽き果てて

もはや愛を乞う幼児性にのみすがっています

あなたの痛みをわたしの痛みとしたい

あなたが背負う原罪を請け負うことで

わたしはあなたを安らかにさせたい

毎日がそんな祈りで暮れてゆきます

嗚呼　本当にわたしはあなたが好きです

雨のあとに晴れがくるような自然さで

夜の後に朝がくるような当然さで

出会いのあとやがて愛が訪れました

わたしはこんな時代のこんな地に生まれ

こんな空気を吸う我々を不幸と思いますが

人生の隣にもしもあなたがいたならば

死にゆく時わたしは幸せを語るでしょう

ろくでもない掌ではあなたの髪も

撫ぜることさえできずにいますが

わたしはいつかあの丘からの絶景を

あなたに見せたいと願う迷い子です


あなたは一枚の木の葉です

己を卑下し虹に焦がれる

あなたは群衆の中の木の葉です

わたしはその一枚を見つけたのです

あなたの中にあらゆる美を見いだします

もはや空や星や火や水や花は

とるにたらないものとなりました

わたしにはあなたがあればいい

そのほかには何も望みもしません

あなたには大きな愛の世界があります

その聖域の主としてあなたは

ただ慎ましく存在しているのです

わたしの中を浅黒い血が流れる今にも

あなたの脈には透き通る命が流れていて

そのことにわたしは喜びを覚えます

土を掘り返しては埋めるような生活ですが

ただあなたの生きていることが嬉しいのです


雨が幾日も樹海に降り続くとき

あなたは頬を打たせながら陽を待つでしょう

陽射しが幾日も樹海を照りつけるとき

あなたは潤いを絶やさずに耐え忍ぶでしょう

そうして穏やかな初夏の午後には

新緑の我が身を疑うことなく

やさしい小鳥達の歌を聴くでしょう

人間とは愚かな生きものですね

ちいさなこだわりに振り回されています

社会なんておろかな箱舟ですね

欲望の重みで沈んでゆくのです

どうすれば自分が見つかるのでしょうか

よりどころはこころにただ正直な

うたをつくるより他ないように思えます

あなたは一枚の木の葉です

とわに滅ばぬ信念と素朴さです

それゆえに孤独な一枚の葉です

今日もそよ風に揺れています