十字路



吉祥寺駅近くのローソンで

単三乾電池とPLAYBOYとフリスクを買ったあと

裏通りの十字路で

オオアリクイに出くわした


(十字路で悪魔に出逢うと

ロックスターになれるという話は聞いたことがあるが

オオアリクイに出逢ってどうなったという話は

まだ聞いたことがない)


オオアリクイは困り果てた様子で

「ねえ 区役所ってどこ?」と尋ねてきたが

ぼくは地元の人間ではなかったので

「さあ・・・」と答えるしかなかった


泣きそうな顔のそいつにぼくは尋ね返した

「野生のアリクイって日本にいたっけ?」

するとそいつはやや興奮気味に

細長い口の先から舌をペロっと出し


「だっておいらぁ 『オオアリクイ』だぜ

れっきとした日本語でしょうが

『大きくて蟻を喰う』からでしょうが

こちとら生粋の日本男児でい!」


「なるほど・・・。で、どこに住んでるわけ?」

「井の頭公園」

「あ、そう。だったら武蔵野市か三鷹市だからさ

区役所じゃなくて市役所じゃないの?」


アリクイは頬を赤らめて

「それも一理ある。フリスクくんない?」と言うので

一粒舌の上に乗せてやると

しゅるっと引っ込めて呑み込んだ


するとそいつはカギ爪のある手を振りながら

「すぅーはー アリ すぅーはー ガトウ すぅーはー」

と言い捨て 三鷹方面へ去って行った

やれやれとぼくは背中を見送った


しばらくしてぼくはふと気づいた

いくら日本語と言ったって

「ナマケモノ」も「エリマキトカゲ」も

この国にはいないじゃないか!


嗚呼 まんまと引っ掛かった!

とすれば あいつはナニモノだったんだ?

道を尋ねるアリクイを装った

新手のフリスク詐欺だったのか


そのあと井の頭公園を探してみたが

恋人達がボートを漕いだり

大道芸人がジャグリングをしていただけで

オオアリクイらしきものの姿はなかった


案の定ぼくはロックスターになる兆しもなく

依然として平凡な一小市民だったが

池に映る夕陽を眺めているうちに

不意に後悔が押し寄せてきた


あれは本当に ただの迷子の

オオアリクイだったかもしれないじゃないか

婚姻届でも取りに行く途中の

だとすればぼくはなんて・・・


もう一度 あいつに会うことがあったら

今度はいっしょに役所を探してやろう

十字路の真ん中で共に

選ぶべき道を迷いあって


気持ちひと粒 損するくらいなら

騙されたとたとしてもかまわない

笑い飛ばせば晴れがましい一日

はなからすべてを疑うよりは


信じがたいことも信じられたら

もっとやさしく生きられるだろうか

フリスクひと粒には代えがたい

あり余るほどのすがすがしさで