顔のない街



しばらくぶりに降りた駅は

suicaで買える新聞の自販機と

ネットで調べられる観光案内所と

セルフサービスのコーヒースタンドがあり

改札員のヤマモトさんの代わりに

自動改札機が並んでいた


「おはようさん」と切符を切っていた

帽子が似合うヤマモトさんの

カチカチカチというハサミの音が

ぼくは好きだった

そのみごとなハサミさばきに

なんども見とれた


駅前に出ると

鋳物工場はコインパーキングに

岡本ビルヂングはラブホテルに

電話ボックスはスピード証明写真機に

郵便局の西側半分は

カード式のレンタサイクルになっていて

山ほどいたすずめも

一羽のこらず消えていた


この街の人々もいまや

おばちゃんに挨拶せず煙草を買い

セルフのスタンドでガソリンを入れ

キャッシュカードで預金をおろし

「むじんくん」で金を借り

通販でコンドームを手に入れ

失敗したら赤ちゃんポストを訪ねるのだろうか


駅前をはなれ

子どものころよく遊んだ河原に行った

川はあのころと同じ顔で

滔々と流れをたたえていて

やっとこの街に帰って来た気がした

川はつねに流れていながら

なにものにも流されていなかった


土手に腰かけてぼくは

ヤマモトさんのことを思った

「コラ！　中ボウからは大人料金じゃ！」

と怒鳴ったときの鬼の形相は

背筋が凍るほど怖かったけれど

なぜかぼくは好きだった


「おかえりさん」と変な日本語で

微笑んでくれたときの

あのしわくちゃな顔も