きみは知らないだろうけど 22時　27階 夜景の見えるホテルのバー きみはあいつに呼び出され グラスを傾けている あいつはブランデーを置き そっときみの耳に囁く 「そろそろ彼のことは忘れて 新しい幸せを探してもいい」 きみは頷かずに 窓の外のあかりを見つめる あいつの左手の小指が きみの右手の小指に触れる きみは知らないだろうけど いま口説いているあいつは すでに付き合っている女が ほかに二人いる きみは知らないだろうけど こんな高いお店に来られるのは あいつが会社の金を 横領しているからだ あいつはきみに鍵を見せて 「下に部屋をとってある」と言い きみの手をやさしく引いて エレベーターへと乗りこむ 行かないでくれ そいつは慰めるふりをして きみのこころの空洞に つけこもうとしてるだけだ 騙されないでくれ そいつは親切なふりをして ただきみの体を 狙っているだけだ そうか　きみらには おれの姿が見えないんだね こんなに近くで叫んでいるのに おれの声が聞こえないんだね 鍵がしずかに回転し ゆっくり部屋のドアが開く おねがいだ　入らないでくれ たのむ　この声に気づいてくれ きみは知らないだろうけど あの夜　きみを見送ったあと 裏路地でおれを轢き殺したのは そいつだ