（「詩と思想　2018年12月号」掲載作） 　　　　　小指 　 いそがしい夢をすこし休んで ひとり訪れた晩秋の海は 夏の喧騒など忘れたかのように 日がないちにち無口だった 黒砂の浜辺でひざをかかえ はっさくのような夕陽を見ていた 引き潮の波は足にとどかず 正しく海へとかえっていった 胸のほころびを縫いあわせてくれた あなたのやさしさを思い出す うすべに色に染まる雲が いつかの頬に似ていたので しあわせになろうと指きりしたのは こんなたそがれの渚だった 永遠を背負うにはあまりにも か細いふたつの小指だった 砂浜に打ち寄せられた くらげの屍骸と貝殻 冬支度を整えた鳥たち 遠くで夕陽が水平線に触れ だいだいの汁が海に溶けだす 泡だった波はつまさきの手前で はじけて砂に沈んでいった やがて宵闇があたりを包み 頭上にやわらかな月が昇る 魚たちは眠りにさそわれ 風が明日を呼びよせはじめる あゝ　わが胸の空洞よ 満ち潮が小指をぬらす前に 心をすませて蒼の旋律を聴け 人は愛した分しか愛されない