むつみ橋 むつみ橋のかげに腰かけて 川面にひとつ石を投げた 西から吹きよせる風は そっとえりあしを撫ぜ 荷台を揺らすトラックの音が 頭上を通りすぎる ゆたかな水をたたえる多摩川は あなたの住む街をかすめ やがて羽田のあたりで 海へとそそぎこむだろう 河原に咲くオニユリたちが いっせいに首を垂れている あなたは今もあの街で よどみに耐えているだろうか それとも別の土地へ発ち 新たな日日を見つけたろうか 川は昨夜の雨くらいでは 氾濫するきざしもない あなたに出会えてよかった それを伝えるすべがない たとえ理不尽な暮らしがまだ その胸を苦しめているとしても たとえ世間のまなざしがいま その存在を追いこんでいるとしても わたしは知っている あなたのこころがうつくしいことを もう会えなくてもいいから 生きていてほしい 神がこの世に送りたもうた もっとも善き魂を たやすく空には かえさないで むつみ橋のかげに腰かけて わたしはそっと川面に託す あなたに宛てたつたない祈りを 笹舟にのせて