オニヤンマ日和



誰もいない防波堤で

Ｔシャツを脱ぎ仰向けになった

生ぬるい風が沖から吹き寄せた


どこまでも広がる七月の空は

唐辛子の辛さと綿菓子の甘さで

やわな四肢を縛りつけた


夏が僕には眩しすぎたので

「バナナフィッシュにうってつけの日」を開いて

日傘の代わりにした

シーモアだけがこの痛みを

影で照らしてくれた



オニヤンマが　小指に　と　ま　る



　あの日　あなたは助手席で

　夢を打ち明けてくれた

　父が許してくれないと言った

　
　ブライアン・ウィルソンに手を伸ばすと

　あなたは僕を制して

　ドアーズのＣＤをかけた

　ジム・モリソンが

　心に火を点せと歌った


　僕は窓を開けて

　もうすぐ海が見えると言った

　潮の香りが流れ込んだ


　トランクには笹の葉と

　ニ葉の短冊をしのばせていた

　初めてのささやかな隠しごとだった


　道が混みはじめた

　飛べたらいいねとあなたは言った

　ジム・モリソンが

　「The End」の中で

　父親を殺した


　あなたは何度も夢を言った

　ギアーを持つ手に手が触れた

　そして次の刹那



オニヤンマが　指から　に　げ　た



ようしゃなく紫外線が降りそそぐ

バナナフィッシュを半分ずらすと

ひこうき雲が斜めに伸びていた


うぶ毛がじりじりと鳴るほかは

波の音しか聞こえなかった

ウミネコの一羽すらいなかった


春先に届いた手紙には

結婚しますと書かれてあった

父もお気に入りですと


打ち寄せられた貝たちが

テトラポットにへばりついた

オニヤンマにうってつけの日

僕は凍らせてきたアクエリアスを額にのせ

ただいつまでも無抵抗に

夏の空に強姦されていた