サイレン 新宿伊勢丹にほど近い とあるラアメン屋の暖簾をくぐり カウンタアに腰かけメニウを見ていると 隣に座る三人連れの親子の前に 正油ラアメンふたつと 小さな器がひとつ置かれた 両親に挟まれてぴょこんと座る 四つか五つといったところの娘は 自分用に出された器に 両脇からラアメンを分けてもらうと 割箸をバツテンにしながらも するすると上手にすする やがて食べ飽きたらしい娘は 目の前に備え付けられた小さな籠から 髪留め用のゴム紐をつまみあげ あやとりの要領で遊びはじめる 「ご自由にお使いください」の意図より さらに自由な使い方で 食べおわった両親が立ち上がると 娘は自分の背より高い椅子から スカアトの裾を押さえつつ飛び降りて カウンタア越しの店員に向かい 「ごちそうさまでした」と元気よく言い 両親のあとをついてゆく なんとおしゃまで　行儀よく しつけのゆき届いた子であろう 感心している矢先　レジのあたりから 父子の声が聞こえてくる 「もってかえっていい？」 「お店のだから返しなさい」 すると　つぎの刹那 わあああん　わあああん　と かまびすしいサイレンが鳴り響く あの小さな体のいったいどこに そんなパワアがあるかというほど 街中にとどろく空襲警報のように 先ほどまでのおませっぷりはどこへやら 娘は一本のゴム紐を片手に 全身全霊　わあああんと泣き叫ぶ 品の良さとは裏腹の かほどの欲はこの娘が 子どもだからか　女だからか 父の手によって容赦なく あやとりとの蜜月を絶たれた娘は 母の手によって腕をつかまれ 新宿の雑踏へと引きずり出される やだああああ　もってくうううう　という残響を 脂ぎった店内に残して あれほどまでに何かを強く 泣きじゃくるほどに欲っしたことが 近頃わたしにはあったろうか 否　思い当たらない それはわたしがつまらない 大人だからか　男だからか 叶うか叶わぬかもわからず 手に入るか入らぬかもわからず それでも　どうしても欲しいのだと わめきちらすほどの魂の焔を なぜにあの娘は持っていて わたしは持ち合わせていない やっと目の前に差し出された 湯気の底に沈むスウプを わたしはレンゲでひとすくいし ふうふう冷ましたりなどしている 空腹のあまりにがっついて 舌を火傷したりせぬよう