坂の途中で



苦い風が脊髄を逆なでするほど無愛想に吹く

非生産的な日常を浪費する坂はいたずらに長い

祠の奥で嘆く夢が瞼の淵で死んだ時

やけに眩しい夕焼けが頭上に落ちてくる

大学って奴はやっぱりすげえことを教えてくれる

たかがお前のことなど誰も知ったこっちゃないと

今日　権威というバッヂを顔面につけて歩く教授が

天ほども高い教壇から俺を学籍番号で呼んだ


「何もかもくだらないと思っちゃだめよ」という

受話器の向こうの母の言葉をかみしめ

俺はホープをくわえて今日も坂をのぼる

天使みたいな顔をしたあの子を語学のクラスで探すと

前の席　昨日と同じ服を着て男と笑ってる

騒ぐ学生を見てマイクのボリュームを上げた教授が

私語を慎まぬ者は出席カードを配らんと怒鳴れば

水を打ったようになった教室にまた声がこだました

「いいか、お前らなどこのカード一枚で黙らせられる」


５限をフケてアパートの部屋の扉を開くと

勝手に合鍵を作った彼女がおかえりのキスを浴びせる

次には顔色一つ変えず煙草に火をつける俺に

体によくないと干渉のキスを浴びせる

そして俺は愛していないこの女とシーツの海を泳ぐ

魚になった彼女は不規則に並んだ俺の海草に絡みつく

わかるか

此が堕落といふものだ・・・・・・


眠い目で缶コーヒーをすすりながら俺は坂をのぼる

いったい今日はどんな手段で俺を粉々にするのか

いっそキリストみたいにはりつけにされたらいい

存在がまるで無視されたまま生きてゆくよりマシだ

俺の名前すら知らねえあいつがこの国の教育者だ

出席カードで黙らせられる俺たちがこの国の被教育者だ

苦い風が脊髄を逆なでするほど無愛想に吹く

非生産的な日常を浪費する坂はいたずらに長い


四限をフケてアパートの部屋へ向かう途中

久しぶりに俺は頬をゆるめた

近所に住むまだ年端もいかぬ少女が

母親の口調を真似してかたわらの弟に叱っていた

俺に気がつくと少女は「お兄ちゃん」と言って駆け寄り

俺の手をつかみ二回ほど上下に振った

母さん

何もかもをくだらないと思ってはいけないね・・・・・・


ねえ　まだあどけなさに満ちあふれている少女よ

そしてかたわらで姉さんにしがみつく弟よ

もしも絶賛するものがまだこの世にあるのなら

それは紛れもなくきみたちのことだよ

いいかい　ずっと忘れないでおくれ　ずっとだよ

色々な大人達が幼いきみたちに

坂の上から言葉を投げつけるけれど

ぼくはいつでもきみたちを見上げながら話しかけるよ

いいかい　ぼくはきみたちを　そう　きみたちを

心から尊敬しているからね