砂時計 喫茶店の窓から射しこむ西日が すすけた学術書の頁にそそぐ レポート手伝ってと甘えればあなたは いつも嫌がらずに付き合ってくれる それを知っていてまた ここに呼び出したのだった 注がれたばかりの二杯目の珈琲から にがい香りの湯気がゆれのぼり わたしの視線はそれにまぎれて あなたの眼鏡の奥をのぞきこむ 黒いひとみは真剣に フロイトの分析を追っていた きっとあなたはそんな目で 彼女のことも見つめているのね 研究室で助手をしている 年上のきれいなひと 三年の片想いがようやく実ったと 学部のだれもが噂していた 「ありがとう　もうだいじょうぶ」と わたしは本を閉じて まだ熱い珈琲を一気に飲みほす あなたは「火傷するぜ」と笑って 大きく伸びをする 火傷ならとうにしているのだった あなたの笑顔を見てしまうと しあわせを願わずにいられなくなる そんなじぶんが情けないけれど きっと祝うべきことね だって片想いが叶うよろこびなら だれより想像がつくもの 窓から射しこむあわい夕日が 飴色の本の裏表紙にそそぐ あなたは手持無沙汰に 出窓に飾られた砂時計を 白くほそい指でつまんで そっとひっくり返す もうあなたを呼び出したりしない これはきっとずるいことだから たいせつなひとのしあわせを 邪魔するわけにはいかないから わたしは本とレポート用紙を いそいで鞄にしまいこむ でも　さいごにもうひとつだけ わがままを許してください おねがい　どうか 砂時計の砂が落ちきるまでは あなたのことを 好きでいさせて