兎居酒屋 兎居酒屋のカウンターでは ユキウサギのシロスケが ナキウサギのエゾキチの愚痴に ピンと聞き耳を立てている 酒は北の誉 肴はカブの葉とトウモロコシ テーマは「彼女を嫌いになったわけ」 語り手　エゾキチ （前略） あとさ不快感をすぐ口にすんだよ咀嚼もせず露骨にサムイのアツイの スワリタイの我慢するとかないの嫌悪感をすぐ顔に出して言うんだよ消化 もせず露骨にねマズイのウザイのキモイのと黙ってるって選択肢がない わけきらいなやつの話になると死ネバイイノニとかすぐ言うんだぜきらい ってだけですぐ言うの言ってやったみたいな顔してあれ聞いてるこっちが 不快でたまらないっていうのに友達ってのがまた同じようなのが揃ってて そうそうわかるわかるなんつってシンパシー大会で乗っかってだれも否定 したり止めたりしないんだな不思議なことにだもんで拍車かかって言った もん勝ちみたいにまたヤダとかヤリタクナイとかアンタノセイヨ的スタンス で放置拾わなきゃなんない者のスタンス無視して投げればパパとかママ とか優しい誰かがなんとかしてくれるみたいなスタンスで放置してても尻尾 振ってりゃひとりぼっち回避みたいなスタンスでまた毒吐いて周り気分 悪くさせといてはあスッキリしたなんつってポテチとか食ってんの黙らせ たりした日にゃ逆ギレよ醤油さしとかモロ投げてくるかんね実際の話 エゾキチがクダを巻いているあいだ シロスケは黙って耳を立てていた ニ年半溜めこんできたのだから 今夜くらいは喋らせといてやろうと 一升空けてしまったので 千歳鶴を追加した 店内には森昌子の「越冬ツバメ」が エンドレスで流れている （中略） それと計算っつうの前面に出てんだよ打算っつうの逆算っつうのよくわか んないけど愛を頭でやりやがんだ別れてもやってけるようにまず仕事あと 資格とっとくに越したことないって受けまくって結婚結婚言いながらその前 にもう離婚の想定準備万端なにを差し置いても自分優先いっしょに暮らし 始めても通帳は分けときましょ違うのあなたのこと信じてないってわけじゃ ないのよただ後々面倒なことにならないようにしておきたいだけなのなん つって保身丸出し運命共同体的発想皆無で金の話また打算こないだ他の 若い女と話したらこれから教習所に通うんですけどやっぱりマニュアルです かねって言うからオートマでも十分じゃねっつったらでも仮に農家の跡取り 息子とかをどーしても好きになっちゃって嫁いでマニュアル車しかなかったら 生活困るから彼困るからって断固マニュアル譲らなくてそれも或る意味打算 なんだけど種類が違くね愛が先にある打算そんで余計に彼女の価値観 色あせて見えてきてつまんねえ女ってそりゃ百年の恋も冷める勢いで準備 してんならひとりでやってけよもうヒュルリヒュルリララって感じだぜそれと （後略） エゾキチの暴走は止まらず しかしふと覗くとその目は 兎ということを差し引いても あまりに赤くうるんでいた シロスケは煙草に火をつけ カウンター越しの店主に言った 「大将　千歳鶴もう一升！ あと人参！」