夜の街を走る



夜の街を走る

これといった目的もなく

ただ走ることを感じるために


家を出てからずいぶんたった

信号で二回止まったほかは

休まず走り続けている

街灯が左から照らすから

影が右隣でついてくる

それだけが孤独から救ってくれる

唯一の裏切らぬ相棒だ


走りながら脳裏をよぎる

焦りすぎてままならぬ夢

支払いが遅れているガス料金

風の匂いから感じる秋

そろそろ買わなければいけない年賀状

失った恋人

おととい夢で見た赤鬼三匹

差出人不明のメール

雨漏りの修理


気づくと知らぬ風景の中

いったいどこまで来たのだろう

別のことばかり考えていたら

あがる息も疲れも感じなかった

走ることから気をそらせば

そうだ　楽に走れるのだ


呼吸を整え　ひと休みをし

折り返して同じ道を駆けもどる

ただし今度は気をそらさずに

走ることに集中して


息は確実にあがってくる

思うほど若くはないのかもしれない

疲れが足をしびれさせる

苦痛と寝転がりたい欲望が耳をかすめる

それでもあるべき場所へたどりつくため

走ることを考えながら

走ることを走る

ともすればこの帰路こそが

ともすればこの帰路こそが


夜の街を生きている

これといった目的もなく

ただ生きることを感じるために


走るときには

走ることを考えながら走りたい

走っていることを

きちんと心に刻むために

そんな風に

日々を誠実に暮らすなら

生きているということを

思いながら生きよう

おそらく苦しみを伴うだろうが

気をそらした方が

ずっと楽だろうが


もう少し足を前に出した方が

きっと速く走れる

もう少しあごを引いた方が

正しい姿勢を保てる

試しては間違い

試しては新しき術を知る

そんなふうに

生きることも