（「第111回コスモス文学新人賞」入選作） 　　　　　夕立と猫 にび色の風がひとしきり吹いて 場繋ぎのような沈黙がしばし溜まったのち 不意に重い雨が降り始めた 慣れているとばかりに猫は ずぶ濡れになりながら佇んでいた 渇いているんだよと猫は言った 時のよどみにひとつ鐘の音と 夕餉の赤味噌の匂いがし 家路を急ぐ肩があらぬ方から触れた 傘を開く気が削がれてしまい 落ちてくる雨粒の軌跡に胸を澄ました 爪痕　と僕は思った 道は浅い河となり 昼のあいだに溜め込んだ熱を流した 洗い清められるべきものはなかった にわかに常夜灯がともり できあいの影がふたつ並んだ にじんでいるねと猫は言った