復唱



新宿に向かう電車の中

隣のシートでおさな子が

立て膝で窓にへばりついている

「エンシャ! エンシャ!」と

舌足らずの口で興奮して


前に立つ若夫婦は

これから会うらしい親戚の話をしている

男の子はときどき振り返り

パパとママがいるのをたしかめると

また安心して外を眺める


やがて男の子は向き直り

「コノ エンシャ ナニ?」とたずねる

「湘南新宿ライン」とママが答える

男の子は穴があいたような顔で

小首をかしげる


「しょうなん」とママが刻む

「ショウチャン」と子は復唱する

「しんじゅく」とママは続ける

「ニンニク」と復唱

「らいん」

「アイン」


「しょうなん・しんじゅく・らいん」と

ママはつなげる

「ショウチャン・ニンニク・アイン」と

子はなぞる


ひとつ学び得た満足からか

男の子は目をこすり出す

「眠いの?」と言ってママは

男の子を抱えあげ

膝に乗せてシートに座る


いつかこの子にも

おとなの教えをあやまらず

復唱できる日が来るだろう

そのとき知るだろうか

正しさが必ずしも

明るさではないことを


ひとり窓の外を見ていたパパが

「おぅい 連結だぞぉ」と告げる頃

男の子はすっかり眠っている

口をむにむに動かしながら

なにかを復唱しているみたいに


やがてエンシャは止まり

わたしはニンニクで降りる

発車のベルに振り返ると

車両は親子を乗せたまま

ショウチャンへ向けて発車した