百獣の翁



とある秋の夕まぐれ

公園の喫煙エリアにて

石垣に腰かけて休んでいると

ふいにだれかがとなりに座った

ちらと横目で覗いてみたら

年老いたライオンだった


気にせず煙草をふかし出すと

ライオンはたてがみをまさぐりながら

わざとらしく首をかしげてみせる

ううむ

ここに煙草入れといたはずなんだが

とでも言いたげに


「吸いますか?」と箱を差し出すと

ライオンは物欲しそうな顔をしながらも

何も言わず眉をしかめている

「1mgですけど」と添えると

「ふん 煙が出りゃいいさ」と言って

ぶっきらぼうに一本抜き取った


しゃべれるくせに礼を言わないのは

百獣の王としてのプライドか

はたまた積み重ねてきた歳月が

若者に頭を下げるのをためらわすからか

もしかすると「すいません」を

「吸いません」と混同してるのかも


ライオンは煙草を口にくわえると

またたてがみをまさぐり出した

こんどは火種をさがす振りらしい

「マッチしかありませんが」と差し出すと

「なつかしいな」と言って

またぶっきらぼうに一本抜き取った


しばしぎこちない沈黙が流れ

ぼくらは紫煙をくゆらせ合った

頭上からひっきりなしに

イチョウの葉たちが舞い落ち

あたりはこがね色の草原のよう


ライオンは煙を吐きながら

「アキはいいなあ」とつぶやいた

秋のことだか 女の名前だか

独り言なのか 話しかけられてるのか

よく分からなかったけれど

それが礼代わりのような気がした


遠くから石焼き芋のアナウンスが響き

揺れのぼる煙の向こうには

東京の夕焼けが広がっている

鼻をすするような音が聞こえたので

ちらと横目で見ると

ライオンの瞳は潤んでいた


こぼれ落ちた涙が

ぴんと跳ねた髭を濡らしている

煙が目に染みたのか

いやきっと 

サバンナの地平に溶け入る夕陽を

懐かしんでいるんだろう