百獣の王、百年の恋 愛のいとなみのあと 夕風にたてがみをなびかせて ライオン（♂）は満たされている となりで寝息をたてている恋人の 肉球をなめながら ライオンは 彼女がだれにも見せない白い腹や だれにも聞かせない艶めく声を 自分だけにさらしてくれたことで 彼女という草原の 百獣の王になったつもりでいる くだらない幻想だと 彼女が聞いたら笑うだろうが ライオンにはそれが幸せの玉座で だからこそ彼女が 他のライオンやガゼルやシマウマに 一瞬でも色目を使おうものなら 百年の恋も冷めるのである ライオン自身も 滑稽なことと知っていながら そもそも♂の中に組み込まれている 支配欲や所有欲には抗えない それはいとしさの源であると同時に 絶望の種でもあるというのに ライオンは それを認めるにやぶさかでない その代わり彼女を傷つけるものは ハイエナだろうバッファローだろうが 認めはしない 噛みつき引っかき食いちぎってでも 王の名にかけて守りぬく それが肉食獣の愛し方 草食どもの青臭いやり方など 知りはしない タンザナイトの空の下 ライオンは眠る恋人にささやく おれはおまえのサバンナにそびえ立つ キリマンジャロでありたい そしておまえの笑顔を 百年かがやかせたいのだと そう告げるそばから またちっぽけな♂が顔を出し ライオンは独りごちる その笑顔も おれだけにくれと