怪談



海が見たいと女が言うので

S30型系フェアレディに乗せ

湘南新道から134号に入った

サイドウィンドウを開けると

女は冷房がきかないと文句を言った

潮の香りが好きなんだと返したが

本当は日焼け止めの匂いが

耐えられなかった


茅ケ崎に入ったあたりで

「サーファーガール」のCDをかけたが

相模湾沿いを走っている間

女は延々と喋りつづけ

暑い 屁理屈  疲れた 自己正当化 

ノド渇いた 自画自賛 ネムイ おまけに

同僚を悪口で叩きのめした挙句

お腹すかない? と言った


西湘バイパスに入る前に

ドライブインのマックに寄って

えびフィレオのセットを買った

真鶴道路を走り 岩大橋を渡り

トンネルに差し掛かったところで

女はポテトを頬張りながら

ねえ こんな話知ってる? と

怪談話を始めた


それは 若いカップルが

ドライブ中に車ごと海に転落し

かろうじて男だけ一命を取り留めた

ように思われたが 実は

男の精神は死んでいて

乗り移った女の精神が

男の肉体を借りて生き延びた

というような話だった


ビーチラインに差し掛かる頃

日は南中に昇りつめた

えびフィレオを食べつくした女は

まだ腹が減っていたらしく

俺の左腕を半分たいらげ

ジンジャーエールで流し込んだ

この傷を癒す効用は

熱海温泉にあったろうか


不意に右足がアクセルを踏み込み

ハンドル操作がきかなくなる

車はガードレールの向こうの

弁天岩へと突進してゆく

女の唇から血がこぼれて

助手席のシートに滴り落ちる

日焼け止めの匂いが

鼻についてとれない