眠れない魚



すこし酔いをさましてから帰ろうと

橋の真ん中あたりで足を止め

ぼくらは欄干にもたれた

等間隔に並ぶ水銀灯のあかりが

うす桃色に火照るきみの頬へ

しずかに降りそそいだ


今日のきみはめずらしく素直で

モヒートの力を借りながらも

あいつを好きだと認めていた

それを相談したくて

こんな夜中にぼくを呼び出したことも

素直に認めた


きみは欄干を乗り出し気味に

夜の川をのぞき込むと

「もう魚も寝てるよね」と言った

ぼくは川を見下ろすふりをして

きみの横顔を見ていた

夜風がそっと睫毛を揺らしていた


「電話してみようかな」ときみは言った

「それがいいよ」とぼくは言った

きみはしばらく川を見つめたあと

何か吹っ切れたかのように

向こう岸へ歩き出す

ぼくはそっと背中を押す


きみの頼りない後姿が

橋を渡って小さくなる

あいつ好みに切った後ろ髪が

橋の向こうに消えてゆく

この星の上でいちばん

幸せになってほしい人の背中


ひとり欄干を乗り出して

夜の川をのぞき込むと

銀色の閃光がひとすじ走った

こんな真夜中でも

眠れない魚がいるんだな

きっと叶わぬ恋でも

しているんだろう