鬼の首

(「第117回コスモス文学新人賞」佳作)



応援する男よりも

応援される男になれ

巨人の中継が終わるたびに祖父は

幼いわたしの頭に手をおいて

いつもそう言っていた


見る側よりは見せる側

受け手よりは送り手

そう目指してはいるものの

わたしは未だ憧れの人々から

感動をいただいてばかり


選手のプレイや監督の采配に

野次を飛ばしたいのなら

自分がそれ以上のことを

できるようになってからにしろ

それも祖父の口癖だった


そのせいか今でもわたしは

一刀両断する気になれない

だれかの汗の跡を

あるいは過ちを

鬼の首でも取ったようには


豆腐職人だった祖父は

とりわけ絹ごしの達人で

下町の食卓を賑わせつづけた

頑固で粗野で酒飲みだったけど

人の悪口は一度も言わなかった


人生 楽しむよりもな

楽しませる方が楽しいぞ

そう言い続けて祖父は

最期まで祖母に笑顔を見せながら

息を引き取った


祖父のなきがらは

鬼のように赤かった

とれるものならとってみろ

そう言わんばかりの

太い首をして