ラムネ日和 炎天下　取引先からもどる途中 額の汗を拭きながら歩いていると 「アイスキャンデー」の看板が目にとまった すだれをくぐって店内に入ると ヤングドーナツが並んでいる中から すうすうと息のもれる音がした 目を凝らして見ると　二つだけ 開いたり閉じたりしている穴があった バクの鼻の穴だった バクは「いらっしゃいまぜ」と顔を出した 「アイスキャンデーください」と言うと 「一本60円ぜ」と言いながら 冷凍機の扉に手をかけた ガラスのふちの灰色のゴムが メリっと音をたてて引きはがされると 心地よい冷気が店に放たれた バクはミルク味を一本とり出し 「当たりくじ付きぜ」と言った アイスキャンデーを齧りながら 店の中を見回すと 都こんぶやよっちゃんイカはもちろん サクマ式ドロップから前田のクラッカーから ふ菓子　フエガム　キャベツ太郎まで さまざまな駄菓子が揃っていて スライムや紙風船やソフトグライダーもあった 売れ筋のブロマイドは板野友美ではなく 岡崎友紀のようだった 話してみるとバクは同い歳だった 彼は三代目の店主であるらしく 子ども好きだがまだ独身だという かつて恋人はいたようだが　彼女は 駄菓子屋に嫁ぐことを拒んだらしい 「親戚や世間に誇れるエリートでないと」 という内容のことを　ボンタンアメのように 綺麗にオブラートに包んで言い残し おばけケムリのように消え去ったと かける言葉が浮かばなかったので あらためて店内を見回した あんず飴があり　ココアシガレットがあり ソースせんべいがあり　麦チョコがあった へたな同情など野暮だと思い 「夢のあるお店ですね」と言ってみた バクは頬を赤らめ　柄杓を取り出すと 店先に水打ちをしながら呟いた 「食べられる夢ばっかりぜ」 近所の悪ガキどもが寄ってきて 「バクさん　いつもの！」と騒ぎたてた われわれは同じ夏空の下 客も店主も　大人も子どもも　 ケモノもヒトも関係なく いっしょにラムネで乾杯をした ふとアイスキャンデーの木棒を見ると 手書きで「あたり」と書かれてあった 「もう一本ぜ」とバクさんは笑った