シナモンドーナツ



動物園でサル山を見ていたら

足元に群れからはぐれた一匹がいた

柵越しに顔を近づけたら

「まったくもって鼻につくぜ」と

そいつは不機嫌そうに愚痴をこぼす

「なまじ知恵がはたらくだけに

賢く思われたい センス良く思われたい

そんな奴らがのさばることがさ」


サルは真っ赤な尻を掻いて続ける

「あいつらは自分の頭脳や感性が

他のサルより上だと思いたいのさ

そうすっと好みに気取りが混じるんだな

難解だったり高尚だったりするものを

あえて好きだとアピールしたりして 

要は ワタシのセンス特別でしょ?

ってことを示したいわけさ たとえばね


みなさんはバナナが美味しいみたいですけど

そんなものですかねえ

ワタシなんかはちょっと物足らなくてね

シナモンドーナツがイケるクチなんですよ

え? なんか変わってます?

ワタシは当たり前と思っちゃうんですけど

ちょっと普通のサルとは違うのかなあ


てなこと言ってみたりして

そういう輩はきまって

キャッチーなものやメジャーなものを

無条件に見下して避けやがる

普遍性のあるものに食いつくと

俗っぽいサルと思われかねないってんで

自意識のかたまりみたいなやつってのは

普通と思われることが我慢ならないのさ


で また そういうやつらがつるむのよ

甘ったるい輪をこしらえて

互いのセンスの高さ讃えあって

バナナ好き大衆とは一線を画しながら

やりたいことは要するに

シナモンのかぐわしさステキだわあ

に置き換えてるだけの

ワタシたちについてこられるかしら?

ってことさ 輪ん中カラのくせに


いやいや ボスザルの話じゃないぜ

頂に立つには賢さと優しさが要るもの

王道を知ってるからこそ王になれんの

そういうことを言うのはたいてい

斜に構えて偉ぶりたいやつらさ

ほら 岩山の七合目あたりで

輪になってる集団いるっしょ?


だからあなた方が羨ましいんです

人間はそんな愚かじゃないでしょ?

閉ざされたサル山なんかおさらばして

もうこの柵を出て行きたいんですよ

バナナが好きだと叫んだって

誰にも見下されない世界に」


そこまで聞いて

ぼくはサルの尻よりも赤面した

そしてその小さなともだちに

こう答えるしかなかった


恥ずかしながら柵のこっちも

似たようなもんですよ

いや もっとひどいかもしれない

だってこっちにはね

サルより人の方が

上だと思ってるやつもいるんですから