トライアングル



下弦の月凍る 真冬の夜

第九の最終楽章で

トライアングルを奏でた貴女は誰ですか


貴女がビーターを振り

その音が劇場に響いたとき

なぜかわたしは涙がこぼれたのです

透明な音の粒粒が

耳から入って魂に当たり

跳ねて体内を舞ったのです


西洋音楽のことはよく知りません

曲にまつわる背景や歌われた詞の意味や

有名らしいドイツの指揮者も

ただ貴女の提げる鋼鉄から放たれた

音色の美しさだけは

そんなわたしにも届いたのです


タクトが止まると

観衆は一斉に手を叩きました

指揮者へ 交響楽団へ 少年合唱団へ

しかしわたしはただ貴女に

名も知らぬ貴女に

ひとり喝采していました


それを伝えることができたなら

どんなにか素敵なことでしょう

けれどわたしは術を知らない

きっとあの瞬間

わたしと貴女とベートーヴェンは

点と線で結ばれたはずなのに


そんなもどかしい物語が

この世には幾多もあるのでしょう

あの夜 胸を打たれた聴衆の

誰ひとりとして ベートーヴェンへ

手紙を渡すことが叶わぬように


あゝ 真冬の大三角の下

歓喜の唄の頂点で 

小さき無垢を奏でた貴女は