月夜の蟹



不眠症の街

地下道から吹き上げる風

鳥打帽を目深にかぶり

襟巻を鼻まで上げる

酒場から聴こえてくるスタン・ゲッツ

ウォッカと香水の匂い


連なるタクシー

削ぎ落とされるケバブ

ビルの隙間からのぞく月より

まぶしい風俗の電飾

鶏卵のような君の顔が

浮かんでは消える


ドラッグストア

生真面目な常夜灯

消火栓

ムクドリの歌

鮮やかなグラフィティアート


愛とはきっと

神聖さでも寛容さでもなく

互いを不安に陥れないこと

路地裏の名もなき犬が

にぎわしく吠えたてる


酔った人波が満ち潮になる

前に歩いてゆきたい

殻が痒くてしかたない

痩せほそる哲学

月が鋏を照らしている

君が欲しい