宙に浮く夕陽



東京駅に着いて

大勢の乗客が降りてゆく中

シートに座るひとりの青年が

「どなたか忘れてますよ!」

と声をあげる


青年の指先をたどると

向かいの座席に小さな紙袋がひとつ

みな一瞬振り返るも

「自分のじゃないな」といった顔で

黙ったまま降りてゆく


該当者不在の沈黙の中

青年の親切は宙に浮き

彼は頬を赤らめてうつむく

腑に落ちぬ思いでわたしも

電車を降りる


発車のベルが鳴る頃ふいに

一人の婦人が慌てて駆け込み

さっと紙袋をつかみとって

急いでホームへ躍り出た

ドアが閉まり電車は走り出す


おそらく婦人は

真っ先に降りたあと

忘れ物に気づいて戻ったのだろう

そして彼女は

青年の声を知らない


電車は何もなかったように

しだいに小さくなってゆく

青年の親切に似た

宙に浮く夕陽の方へ

彼の頬と同じ色の

まばゆい夕焼けの中へ