夜光貝 寝静まる宿を抜け出して 星のない空の下 あなたとふたり 冬の岸辺を歩く 真夜中でも波は眠ることなく よせてはかえしている プランクトンの死骸の匂いが 鼻先をかすめる 昼間啼いていた海鳥たちは どこへ消えたのだろう 彼らには彼らなりの 帰るべき宿があるのだろうか ぼくらは岩場に腰かけ くりかえす波音を聴いた あなたの石鹸の香りが かわいた汐風に溶け 闇へと吸い込まれてゆく 足もとにはひとつ 打ち上げられた夜光貝 神の手なぐさみに さみしく巻き上げられたその殻は 天に焦がれるらせん階段のように そっと砂地に置かれている オオルリアゲハの蒼を その身に讃えて 嗚呼　 いまこの目に映るものすべて ときを封じ込めて 凍りつくしてしまえばいい ただしさを刻むものたちや 脈打ってやまぬせかいが なまあたたかく朽ちてゆくまえに それでも波はやすむことなく よせてはかえしている あなたは貝殻を拾い上げると なんの屈託もなく 海へと還してやる ぼくはいつかあなたを うしなうのだろうか 夜光貝をつれて 波は静かに引いてゆく はるか沖はあまりに暗くて 空と海の見分けがつかない